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るたろぐ

20歳。地理、政治、まちづくり。

商店街のあり方からこの国の希望を考える―新雅史さんという人

まちづくり 書評 地理

http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE

 

藻谷浩介さんの対談集である『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社)の一番最初に、新雅史さんの名はあった。17歳の秋にそこで彼の名を知って以来、実はずっと気になっていながら彼の著書を読んでいなかった。19歳になって皮肉にも新さんの名著が早稲田の入試で引用されていて、思い出したように入試日の夕方に新宿のブックファーストで買い求めたその名著が『商店街はなぜ滅びるのか』(光文社新書)である。積ん読を消費してたらまた時間を空けてしまったが、今回はこの本を紹介する。

 

われわれは商店街を「古くからの伝統的な存在」であると理解しがちである。だから

商店街はまったく伝統的な存在ではない。現存する多くの商店街は二〇世紀になって人為的に創られたものだからである。

という衝撃的な記述は、われわれが商店街に抱いているイメージを真っ向から覆し、ややもすれば商店街を地域のシンボルとしてことさらに称揚しようとする論調に対立しかねない。たしかに、浅草寺仲見世大須の万松寺通といった類のそれを想像すると、商店街は前近代から存在したのではないかとわれわれは考えてしまう。しかし新さんは本の中で「中小の商店が集えばそれだけで自動的に『商店街』になるのか」と疑問を呈している。ただ商店が並んでいるものを商店街だと言い始めると、商店街の成立は商業の成立にまで遡らなければならない。商店同士の連携があり、地域社会のシンボルと見なされる商店街を、商店の連なりだけに還元することはできないというのだ。

 

実は商店街よりも先に登場したのが百貨店。百貨店の登場こそが零細小売店の立場を追い詰め、彼らが対抗するための手立てとして「発明」されたのが多業種を秩序正しく並べて組織化された「横の百貨店」たる商店街だという。その形成の過程は戦間期におけるわが国の社会動向を踏まえながら本の中で詳細に論じられている。さらに戦後、近代家族制度のもとで後継者不足に苛まれた商店街は、公的資金への依存による弱体化や、専門店ではない「万屋」であるコンビニへの業態転換の促進も相まって、その存在意義を失っていったとまとめられている。

 

新さんは酒屋の長男として生まれ、実家を継がずに独身のまま大学の非常勤講師を務められている。新さん自身の家族史が本を構成する議論と重なり合い、リアリティのある内容になっていることがこの本の議論に一層の説得力を持たせている。商店街と小売業が崩壊する中、果たして正社員を基軸とした今の日本社会がポジティブな未来を描けるだろうか。新さん自身が抱える悩みは、この国に生きるだれもが共有している課題であるように思える。

 

新さんは今も定期的に被災地へ足を運んでいるという。そこには単なる商業地区としての商店街ではなく、ボランティアと地元の人たちが雑多に交流する中で人々の生活の意志があふれる場としての商店街がある。被災地の商店街のあり方から、この国の希望ある将来を提示することは可能だと新さんは言う。われわれは商店街をいたずらに称揚できない。でも、商店街から希望を得ることはできる。ここで私は『希望学 あしたの向こうに』(東大社研)という本を思い出した。この本の議論を通してこの国に希望を提示したい、そう考えている新さんの思いは、まさに「希望学」と相通ずる所があるのではないかと思った。

 

『希望学』:東京大学社会科学研究所

 

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