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るたろぐ

20歳。地理、政治、まちづくり。

社会保障と地域福祉に関する一論考(前編)

まちづくり 政治・選挙 地理

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はじめに

2016年9月の民進党代表選で前原誠司が掲げた「All for All」は我々に鮮烈な印象を残した*1。それは、かつて日本政界における新自由主義者の最右翼の一人と目された人物が突如として反ネオリベ的な政策を掲げて野党第一党の代表選に打って出たというだけの話ではない、日本社会の必然として「分断社会」を乗り越えなければならないという大きな旗印を、我が国の政治家が明確に示すという、極めて意義深い転換点を迎えたということなのである。

 

「分断社会」それ自体は慶應義塾大学教授の井手英策がかねてより旗振り役となり巷で議論を呼んでいた。実際のところ、前原が掲げた政策は井手の受け売りに過ぎず、そこに学者の言葉から敷衍した形で語りかける政策が無かったことも少なからず彼が先の代表選で敗れた原因でもあろうが、それでも我々は「分断社会」という視点から本気で我が国を構成している社会システムに対するパラダイムを再構築するのか否かの歴史的な岐路に直面していると言っても過言ではない。本稿では従前の社会システムの綻びによって露呈してきた貧困や格差といった現代日本が抱える問題を整理する中で、その社会システムの根本的な転換についての可能性を模索しつつ、現実的に我が国が採るべき社会保障と地域福祉に関するビジョンについて論考していく。なお、筆者(管理人)は必ずしも井手の思想と前原の政策に全面的な賛意を持っているわけではない点については留意されたい。

 

1. 貧困という病理

いつまで経っても「普通の豊かさ」を享受できない生活環境が我々を取り巻いている。眼前には極めて重い責任と長い拘束時間を強要されるブラックバイトが立ちはだかり、さもなくば毎日の食費に小金をやっと捻出する困窮状態が容易に待ち受ける。将来を見据えれば奨学金という名の学費ローンを何年も返済し続けなければならない状況にあるにも関わらず、雇用環境の急速な流動化に伴って定職に就ける保証も担保されない。藤田孝典(2016)が「貧困世代」と形容した我々の世代が直面する現状は、我々に向けられるシニア世代が抱く一般的な世代像よりよほど困難を余儀なくされている。

 

もはや、それが個々人の怠惰に原因を帰しうる性質のものでないことは誰の目にも明らかだ。かつて我が国の現役世代は「終身雇用、年功序列、企業型組合」を軸足とした日本型雇用慣行に支えられ、家族主義の規範のもとで男性稼ぎ主が妻子を扶養する一方、保育や介護をめぐっては抑制された公共サービスに代わって主婦のマンパワーに依拠する、そんな社会システムのもとにあった。その基本的なレジームは1960(昭和35)年に首相に就任した池田勇人の「救貧よりも防貧を」なる思想を根拠に構築され、結果として我が国の社会保障支出は小さいにも関わらず、雇用の実質的な保障が社会保障給付水準の低さを補完することで現役世代の生活環境を維持してきた。しかし、グローバル化に伴う雇用環境の流動化はそういった日本型の雇用慣行を崩壊させ、社会保障脆弱性を明らかにした。ここに誕生したのが「貧困世代」なのであって、真っ先に問題にされるべきは怠惰などではなく社会システムの歪みに他ならない。

 

我が国の社会保障の給付費は現在でも年金と医療によって約8割が占められ、現役世代への給付は極めて小さい。公的社会支出の対GDP比23%に対して現役世代への支出3%は、OECD諸国平均6%を大きく下回る*2。このため、職業訓練や職業紹介といった積極的労働市場政策による支援策メニューは顕著に不足しており、失業しても再就職は容易ではなく、かといって家賃補助や教育費の補助といった給付策も不十分な状況にある。安倍内閣が「働き方改革担当大臣」ポストを創設した一つの狙いは「多様な働き方の実現」だとされているが*3、そもそも「多様な働き方」は現役世代の願いというよりもむしろ、上述したグローバル化の要請がもたらした雇用環境の流動化という不可避的な現象そのものだと理解される。ともすれば、「多様な働き方」などという美辞麗句で問題の本質を覆い隠すのではなく、現役世代への支援策と給付策の強化に策を講じなければ、現状は永遠に改善されない。

 

一方で、高齢者をめぐる生活環境も決して良いものとは言えない。開会中の今国会(第192回国会)において改正年金機能強化法が成立したことにより、年金の受給に必要な保険料の納付期間は25年から10年に短縮されたものの、社会保障と税の一体改革による消費増税の見返りとして旧民主党政権が掲げた月額7万円の最低保障年金は棚上げされたままどころか、物価の変動に関わらず名目手取り賃金が減少した場合に年金額を減額するという新たな年金制度改革法案が審議入りする始末だ。こういった状況の中で年金受給者は公的年金をどれだけ貰っているのか。図1は年金受給者の公的年金受給額を受給額の階級別に示したものであるが*4、実に受給者の46.8%が年額100万円未満の受給額に留まり、さらに15.4%は上述した月額7万円の最低保障年金を大きく下回る年額50万円未満しか貰っていない。老後の生活を支える基盤は必ずしも公的年金だけではないが、これではあまりにも心もとないというのが率直な感想だろう。

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(図1:公的年金受給額階級別構成割合)

 

2. 格差がもたらした地域再生の迷走

地方のまちづくり戦略が迷走している。2016年、青森市の中心市街地に立地する複合再開発施設「アウガ」が債務超過により事実上の経営破たん状態に陥り、その責任を取る形で青森市長の鹿内博が辞職した。「アウガ」は人口減少社会に対応するため都市機能や居住地域をコンパクトにまとめる青森市の「コンパクトシティ」政策の目玉として2001年に開業したが、その投資が焦げ付いたことで政策そのものに疑義が持たれるようになりつつあるのだ。

 

なぜ、コンパクトシティなのか。戦後の人口増加と経済成長に伴って各地で進行した都市のスプロール化は、都市のインフラ維持管理費の増大を招いた。だから人口減少と高齢化が進む中、郊外に無秩序に拡散した市街地を旧来の中心市街地に呼び戻すことで空洞化した都心に活気を呼び戻すとともに、インフラ維持管理費を抑制し効率的な行政サービスを実現する、というのがコンパクトシティ推進の口実だ。政府の「まち・ひと・しごと創生基本方針2016」にも「都市のコンパクト化と利便性が確保された公共交通ネットワーク構築の取組を全国に広げていく」とあり*5、全国的な取組としてのコンパクトシティ推進が強調されている。その我が国の先駆け的存在であったのが青森市であり、「アウガ」なのである。

 

この説明には重大な欠陥がある。そもそもコンパクトシティ政策に実現可能性があるのかという観点と、果たして本当にコンパクトシティを推進することが「効率的」なのかという観点が抜け落ちているのだ。やや抽象的な話になるが、徳野貞雄(2007)や山崎亮(2015)が指摘するように、1940年代まで日本人の約8割は中山間離島地域に居住していた。それが戦後、農村の急速な人口増加によって都市に人口が流入し郊外市街地を形成したのだから、そもそも郊外の住民は農民的な気質を持っており、高度に集積された中心市街地での生活が「性に合わない」可能性は高い。それを裏付けるような郊外住民の「街中には住みたくない」といった言葉*6は少なくない。2016年7月に総務省が行った「地域活性化に関する行政評価」で、自治体のコンパクトシティ推進を骨子とする「中心市街地活性化基本計画」44計画のうち目標を達成できた計画が「ゼロ」であったことは*7コンパクトシティが理念先行型でそういった声に耳を傾けてこなかった現状を如実に表していると言えるだろう。我が国でコンパクトシティを推進すること自体にやや無理があるのだ。

 

「効率的」なのかという観点でも疑問符が残る。コンパクトシティはその性質上、中長期的な視点で施策を推進しなければならないことは明らかだが、仮に順調に事が進むとしても、我が国にはそんなに多くの時間は残されていない。2014年5月に日本創成会議が発表した通称「増田レポート」で「2040年までに全国の市町村の半分が消滅する可能性がある」との予測が公表されたことは、その評価は別にしても、少なからず地方の人口急減に歯止めをかけるために社会保障や雇用の持続戦略を抜本的に見直さなければならないということを改めて我々に認識させた。そんな局面でのコンパクトシティ推進は、効率的という理念とは裏腹にむしろそういった適応戦略の足を引っ張る可能性すらある。物理的に都市をコンパクトにすることが前提の適応戦略は非常に危うい。

 

そもそも何が問題なのか。多くの地方では今、従前の発想に基づく現役世代の雇用機会が喪失し、東京を中心とする大都市圏との格差が拡大しつつある、という説明がなされる。確かに公共事業費の削減やグローバル化に伴う工場の海外移転が地方経済に打撃を与えたことは事実だ。だが真に格差を拡大させてきた要因は、そのように地方と大都市圏とを十把一絡げに考え、地方に都市の論理を持ち込もうとする一種の「東京信仰」ではなかったか。迷走するコンパクトシティ政策が地方で持て囃される中にも、結局は選択と集中の論理によって地方の中に「リトル東京」を創出し、仕事を持ってくることで地方経済を立て直し、格差を解消しようという前時代的な発想が透けて見える。実際には大都市圏でやれることは大都市圏でやった方が儲かるのだから、そういった発想に基づく限りかえって地方と大都市圏との格差が拡大し続けるのは当然であるのだが。

 

後編に続く

 

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北名古屋市が名古屋市と絶対に合併できない理由。

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北名古屋市長が今月(2016年9月)頭に名古屋市への合併を検討すると表明した。

長瀬市長は取材に「東海豪雨を経験して防災面でのスケールメリットを感じた。市民を守るためには一定程度の行政規模が必要だ」と理由を説明。合併の時期については4、5年以内を念頭にしているという。

この手の話題は平成の大合併から10年の歳月を経てもしばしば出てくるから面白い。大合併当時には西枇杷島町(当時。現在の清須市)が名古屋市に合併を申し入れたこともあったし、最近でも大治町(2012年頃。前町長が合併に前向きだった)や蟹江町(現在も議会会派レベルで合併に前向きな勢力が健在。現町長も広域連携には積極的)が名古屋市との合併を目指した、あるいは目指している状況である。

 

あえて所感を述べれば、個人的には好ましい動きであろうと考えている。以前の記事平成の大合併が遺した問題点についてはさまざま検討したが、大半の問題は合併のメインフィールドが地方であったにも関わらず、行財政改革という都市の論理が別け隔てなく押し通されたことに由来するものだから、都市間競争が激化する中で行財政改革という大命題を誠実に遂行するという観点では、都市部での合併はむしろもっと推進されても良かったのではないかと思っているためだ。名古屋市の河村市長もこの件について「人口が多いと都市の力も強くなる」と述べているが、平成の大合併を経てもなお名古屋市の周囲に比較的小規模な自治体が散在していることを考慮すれば、まだまだスケールメリットを享受する余地が残っていると考えることができる。

 

ただ、現実問題として名古屋市が周辺自治体、とりわけ西部ないし北部の自治体を合併するには高いハードルが待ち受けている。名古屋市が最後に周辺自治体を編入したのははるか50年前、1964年の知多郡有松町と大高町(ともに現在の緑区)の編入にまで遡るし、平成の大合併で編入を経験した中の最大都市は当時人口約146万の京都市までである(北桑田郡京北町を編入、現在の右京区)。合併話を持ちかけられた張本人である名古屋市幹部も「合併のメリットを確認しなければ」*1と慎重な姿勢を隠さないのは、直近に前例のない三大都市の一角が絡む合併構想であるからだろう。合併を避けたい思惑が見え隠れするのも無理はない。

 

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北名古屋市名古屋市と合併できない最大の理由は下水道普及率にある。上の図は名古屋市とその周辺自治体の下水道普及率*2である。そもそも愛知県は名古屋市という大都市を抱えているにも関わらず、全体の下水道普及率が低い(愛知県:72.9%、全国平均:75.8%、平成23年度)のだが、名古屋市の普及率が99.0%に及ぶため名古屋市を除けばその普及率は61.7%にまで下がる。その中でも、この図を見れば一目瞭然なように、この間、名古屋市に合併を申し入れた名古屋市西部や北部の自治体は際立って普及率が低い状況だ(北名古屋市:32.8%、蟹江町:31.2%、大治町:10.1%、清須市:0.0%など)。

 

名古屋市は目下、下水道の完全普及に向けて港区の南陽地区や守山区の志段味地区といった下水道未整備地区を解消するために整備を続けている状況で、仮に合併が成立すれば、名古屋市は下水道未整備地区を一挙に抱えることとなり、目標から大きく後退することになる。市幹部が「交通網や福祉などの差が大きく平準化には多額の費用が必要」と語ったように、名古屋市としてはわざわざ域内格差を広げ、その解消に多額の財政支出を伴う合併は排除したいのが実状だ。現に、1963年の守山市(現、守山区)合併前後には域内格差解消のために多額の財政支出を余儀なくされており、そのネガティブなインパクトは以降50年にわたる合併の行われない状況を生み出しているというわけだ。

 

北名古屋市にとっても合併によるデメリットが無いわけではない。現在、北名古屋市市議会定数は21で名古屋市の市会定数75(次回選挙からは68)の約3分の1だが、その人口は約8万4000人で名古屋市の約230万人の約27分の1だ。北名古屋市名古屋市と合併して単独の区になるとすれば、その人口比がそのまま定数に適用されるとなると定数は3にまで減る。大阪維新もビックリの定数9割削減である。私はかねてより大都市の市会定数は削減してむしろ事務局の定数を増やせ論者なので定数削減は一向に構わないのだが、それでも一気に削減となると住民の声をキャッチする受信帯域が一挙に狭まり、地方自治の本旨が果たせなくなる可能性は否定できない。

 

このような事情を総合的に勘案すると、北名古屋市名古屋市の合併は恐らく成立しないだろうという結論になる。しかしながら実際のところ、面白い合併話であることは否定できない。仮に合併が成立すれば、多額の財政支出が伴いながらも市バス路線が整備され、下水道の未整備地区解消に動くことは間違いないし、そうなれば北名古屋市域の人口は恐らく急速に伸びるだろう。

 

先日、名古屋が国内主要都市の中でもっとも「魅力に欠ける」都市であるとのイメージ調査が発表され、名古屋市民は同調したり意気消沈したり草生やしたりしている所である。「北名古屋」が合併を経て名古屋の新たな都市イメージを喚起させるフロンティアとして転入者の開拓に切り込められれば、少なくとも名古屋城の木造復元なんかよりよっぽど現実的なイメージアップに繋がる気がするのだが、まあ北名古屋だからね、まあそれも・・・(クソみたいな締めで申し訳ない)

 

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今更ながら、都知事選を振り返ってみる。

政治・選挙

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妙な感傷に浸っていたわけでもなく、単に面倒くさかっただけなのだが(だめじゃん)、ほとぼりの冷めた今日このごろになってようやく都知事選の総括記事を書こうという気になったので、そろそろ書いてみることとする。

 

さて、周知の通りなのかどうかは知らないが、都知事選には関わらないと腹を括っていたはずの私はどこかで道を踏み外したためにいつの間にかOver The Bird選対にどっぷり関わってしまった身なので、この記事は陣営のリアルな空気を交えながら氏の敗因を探ることに主眼が置かれている。全般的な総括でないことには注意されたい。ただ、この総括記事をもって誰々を批判する意図などは私にはさらさらなく、今後の野党共闘陣営のあり方について水を差す性質のものでもないことには留意をお願いしたい。

 

さて、とは言っても私が最初に選対へ顔を出したのは投開票日9日前の7月22日のことである。いろいろ大人の事情があって何があったのかは言えないが、ともあれそれまでは都知事選の裏で行われる都議補選に注力しようと決めていたわけである。実はこの時点で盛大にセンテンススプリング砲が撃たれており、氏の勝利は絶望的な情勢と既に腹を括っていたため、いかに都議補選へその負の影響を残さないかを私なりに考えていたところだった。その矢先の出来事だったため、腰を上げるのは非常に重たい決断だったが、ともあれ微力でも役に立てるならと最終的に決断を下したのは私自身であって、別にどこかから圧力があったとかそんなわけではない。

 

その真偽は置いといて、ぶっちゃけ文春砲の影響は限定的であった。むしろ私が問題にしたいのは、一般的にもよく言われるように、氏の運動量が明らかに他の主要候補と比較しても劣る点であって、これが敗因として一定の割合を占めていることはまず間違いない。それは、少なからず氏自身の体調が尾を引いていたことも事実であり、そのイメージが誇張されて有権者の離反を招いたことも間違いなさそうなのだが(駅頭でビラ配りをしている時、そのような声は少なくなかった)、むしろ選対の指揮系統がバラバラだったことに起因する所が大きいのである。

 

まずテレビで頻繁に取り上げられていた南青山の選対事務所は、もとが蓮舫事務所だったこともあり基本的には民進党を中心とする事務所であった。一方、共産党を中心とする事務所も別の場所に構えられており、形式的にはただ複数の事務所があるだけということになってはいたが、事実上はこの2つの事務所が象徴的なように、選対の指揮系統が複数に分かれて統制が付かず、結局は各党の思惑が交錯する中で、それぞれの政党の幹部を同じ街宣カーに乗せるための調整に躍起となった結果、街宣回数が少なくなり運動量も減ったという話である。この事実はしっかりと直視しなければならない。

 

そこに、勝つための戦略はなかった。私が駅頭に立ってビラを配る中で何度も何度も聞いた言葉がある。それが、否定的なニュアンスでの「共産党だろ?」という言葉。共産党が野党共闘を標榜して穏健路線に転じたとは言え、消極的な民進党の支持層まで含めて幅広い層から共産党が「嫌われている」ことは、残念ながら未だに事実である。たしかに、野党共闘の分かりやすい形は民共の幹部を同じ街宣カーに乗せることであるが、実際のところ個人的に行った出口調査で「候補者を選ぶ基準は何ですか?」と聞いたときに「野党共闘の枠組みだから」などと答える人など所詮1%ぐらいに過ぎなかったわけで、野党共闘をしている口実作りのために民共の幹部どうしを一緒の街宣カーに乗せるなんてことは全く票にならないどころかむしろ逆効果なのである。野党共闘は選挙に勝つための手段に過ぎないのであって目的ではないという自明の理を、バラバラの選対にあって統一的な意思表示として示せなかったことが、ジリジリと票を逃がした大きな原因となっているのではないか。

 

もっとも、これを野党がだらしなかったと結論付けるは少々早計の感がある。そもそも選対の意思決定機関が統一できなかったのは参院選の投開票から4日で都知事選が告示されるという絶妙なスケジュール感の中で時間が無かったことに起因するのであり、それはそんな時期に舛添前知事が辞職に追い込まれたためであり、結局のところ、舛添氏をイジメ倒した都議会・マスコミそして都民の責任はどうなるんだという話である。そんな責任をいち都民としてすべて野党に振り向けるのはどうなのか、ここは改めて都民に問いかけたい点でもある。

 

理想的な選挙のあり方が「序盤で支持基盤を固め→終盤で無党派層を固める」だとすれば、この陣営は真逆のプロセスを踏んでいた。すなわち、「序盤で無党派層を逃し→終盤で支持基盤(特に民進党の支持層)を逃す」という道を歩んだのである。上述の経緯が無党派層を逃したプロセスだとすれば、以下の記述は追い打ちをかけるように支持基盤を逃した経緯である。お馴染みの「内輪もめ」である。

 

皮肉なことに、最初に内輪もめを展開していたのは自民党の方であった。「東京大改革」を謳い「都議会冒頭解散」を掲げて自民党の推薦願を自ら取り下げ仮にも「しがらみのなさ」をアピールして無党派層にウケていた小池氏と、岩手県知事・総務相を歴任し政府お墨付きの地方消滅政策が買われたお陰で自民公明のお抱え選挙を戦うことになった増田氏。2陣営の内輪もめはまるで郵政選挙小泉劇場を見ているような感覚で無党派層をわし掴み(少なくともそっちに気が向いていたはずだ)にし、この時点で既にワンツーフィニッシュの情勢だった。一方で、である。さまざま紆余曲折がありながらも一応は野党共闘の枠内で一本化に至り本来なら有利な構図であったはずの野党陣営だったが、終盤に至ってのUK陣営支持層との批判の応酬は劇場でもなんでもなく、ただ冷ややかな目線を浴びせられ支持基盤の離反を招くだけの結果となった。

 

双方の陣営には双方の陣営なりの論理があり、基本的な政策的価値観を共有しているとはいえ、時間的な制約を含んだ種々の経緯からお互いに必ずしも良い感情を持っていなかったのは事実である。一方で、現場レベルではそんなことも関係なくひたすら頑張っている名も無き市民がたくさんいたことも事実である。そういう事情を勘案して、私はとにかくグダグダグダグダ言ってないで野党支持者の矜持を見せるべきだとツイッターで発信し続けたが、なかなかそれも叶わなずじまいとなってしまったのが悔やまれる。

 

この時点で陣営の人たちが本気で勝ちに行こうとしていたのか、負けるにしても何票取りに行こうとしていたのか、内心のところは分からないが、私は150~170万票が目標であろうと腹に決めながら駅頭でビラ配りを続けていた。これは民進党支持層の約100万票、共産党支持層の約60万票を合算した数字である。しかしながら結果としてその数字すら下回ってしまった(約135万票)ことは今後の野党共闘を考える上でも大いに分析の必要がある。すなわち、陣営が旧来左翼的な内輪もめに陥る中で、改革志向の小池氏や、(私はまったく評価していないが)行政手腕に定評のある増田氏が、少なくない民進党支持層にとってより親和的に映ったことが、民進党支持層を5割強しか固められなかったという事実に現れているのではないか。この事実は鮮烈である。上述した通り、多くの有権者にとって野党共闘は大した問題ではないのであって、むしろ野党共闘の中で何かしらのほころびが顕在化すれば支持層はいとも簡単に離反する。このことを認識した上で選挙に臨まないと、野党共闘は諸刃の剣だということだ。

 

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【参院選】何が「3分の2」を許したか(その3/比例区)

政治・選挙

前の記事はこちら

 

さて、今回は比例区である。ひとつ前の記事で「どうやら『3分の2』の大元凶はここにあるようだ」と指摘した通り、比例区は「野党4党」の枠組みにおいては最悪の結果となったと言っても過言ではない。自民党が2000万票超、19議席を獲得した一方で、民進党はドン底だった3年前の7議席からこそ上積みはしたものの、民主党時代を含めて参院選では過去3番目に少ない議席数となる11議席、1175万票を獲得するにとどまった。党の躍進ムードに合わせて「比例9議席、850万票以上」を掲げた共産党も、3年前と同じ5議席、2年前の衆院選からは得票数を減らしさえし602万票を獲得するにとどまった。いずれも少なからず情勢報道の時点ではより良い数字が出ていたことを考えると、「野党4党」側に落ち度があったことは確実だし、「改憲4党」のうちでも自民党にとっては敵失による予想以上の結果を手にすることが出来たわけだ。救われたのは維新の5議席目を生活の党が滑り込みで1議席獲得したことで阻止したことぐらいだろうか。

 

さまざまな観点から検証していきたい。まず投開票日を迎えるまでのこと、情勢報道である。このうち投開票日を間近に控え有権者マインドが固まってきた終盤情勢においては、私の知りうる限り、時事通信民進党、日経が共産党にとって最大値となる獲得議席数予測を記事にしている。なお各社とも社民党は「1議席程度」、生活の党は「議席獲得が難しい情勢」等の記事で一致しており、実際に社民党が1議席、生活の党も逆転勝利で1議席を獲得しており堅調だったため、2党についてはここでは検証しない。

時事通信 参院選終盤情勢 7月3日)

比例は13議席程度の見込み。

民進党比例予想獲得議席 

(日経 参院選終盤情勢 7月6日)

前回5議席だった共産党は上積みが確実で7議席が有力となっている。

共産党比例予想獲得議席数 

あえて念押しするが、これらは投開票日が間近に迫った終盤情勢での記事である。単純な話に落とし込むならば、それぞれの党が終盤情勢より《取れるはずだった》2議席、数字にして200万票を手放しているということになる(実際には民進11議席、共産5議席)。いくら情勢報道が過大な評価を下していたとしても《報道があった》事実に変わりは無いし、「3分の2」を阻止しようとする以上、落としてはならない議席であったということは言うに及ばない話である。そして各社が「17議席は確実で、18議席程度が有力」等と報じた自民党が、実際には19議席を獲得している。終盤で有意な「自民党回帰」があったことはこれだけでも明らかである。

 

次に、各党の3年前の参院選における比例区得票数と今回の比例区得票数を比較してみよう。3年前にかなりのプレゼンスを放っていた第三極の票がどこへ流れたのかを検証するのは有意義である。

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18歳選挙権の施行とともに投票率が約2ポイント上昇し投票者数が350万人ほど増えたこと、3年前には存在していたみんなの党が2年前の衆院選直前に解党し議席獲得に有力な政党が減ったことなどによって、今回比例区議席を獲得した政党ではおおさか維新を除く6党が得票数を伸ばしている。おおさか維新が得票を減らした原因は今更言うまでもないが、その名前によって大阪・兵庫・奈良を中心とする近畿地方以外への浸透が弱かったためである(詳しくはここでは触れない)。

 

さて、グラフに目を戻すとまず、3年前にあったみんなの党の票がゴッソリ民進党に流れたような印象を受ける。実際に3年前の旧民主党みんなの党を合わせた得票数は1189万票で、今回の民進党の得票数1175万票がほぼ同じ数字となる。ただし、3年前の第三極、すなわち当時の日本維新の会みんなの党が獲得した票は1111万票、今回の第三極、すなわちおおさか維新の会が獲得した票は515万票であるから、その差は596万票、この間の政界再編を加味するにこの票は民進党が吸収できる票と考えられる。実際にそうなれば民進党は713万+596万=1300万票を超え、時事通信の報じた13議席獲得が視野に入っていたのである。しかし現実に流れた票はその8割に満たなかった。差分となる《流れるはずの》200万票は多くが自民党へ流れ、結果として自民党は「勝ちすぎ」であった3年前から票を減らすどころか増やしたのである。この懸念自体は、かつて私が以下のポストで指摘したことでもある(ポスト自体は衆院選をフォーカスを当てているが)。

第三極が消滅したところで、民主党政権のトラウマを抱き続ける有権者民進党に票を投じるとも考えにくい(すなわち逃げた票が回復することなく与党に流れるだけかもしれない)から、ある意味で第三極民進党セーフティーネットとなっていると言っても過言ではない。

この仮定が成立した以上、少なくない有権者民主党政権のトラウマを抱き続けているということが事実として立証されたことになる。旧民主党は維新の党を取り込んで民進党として再出発したものの、結局はその負のイメージを拭いきれなかったことで《流れるはずの》票が入らず2議席を失ったという事実は甘んじて受け止めなければならない。「3分の2」を阻止しようとする片手間で民進党自民党が漁夫の利を得ることを許していたのだから。

 

共産党はどうか。共産党については終盤情勢の《報道があった》事実がある以上、得票数の伸びなかった原因を一人区での野党共闘によって革新層が民進党に流れたといったレトリックを展開するのは適切ではない(馬淵澄夫代議士がそのような自説を展開しているが、これは間違っていると思う)。おそらく藤野代議士による「人殺し予算」発言が相当に響いているのだと思われるが、逃げた票は一定の流れが見えるわけではなく、あまり各党のスタンスに関係なく分散したものと考えられる。それが生活の党の逆転勝利の1議席に繋がっている可能性があるかと問われれば、まあそれもそうだろうという感じではある。

 

自民党民進党の比例獲得議席数に絞って話を進めよう。以下の表は、旧民主党が結成されて初となる1998年の第18回通常選挙から今回までの7回の参院選における自民党民進党旧民主党)の比例区獲得議席数の推移である。

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自民党は2001年の第19回通常選挙以来、参院選においては実に15年ぶりに2000万票台を回復した。この間の選挙で2000万票台を獲得しているのは、この他に2004年と2007年に旧民主党が獲得したものを合わせた合計4回である。興味深いのは、このうち今回以外の3回の選挙は明らかにいずれかの政党が《勝った》選挙であったという点である。2001年には小泉旋風が吹き荒れていたし、2004年の参院選では55年体制以来はじめて野党民主党の支持率が自民党の支持率を上回った。2007年の参院選では年金問題や相次ぐ閣僚の不祥事を背景に旧民主党の小沢代表(当時)が敏腕を振るい(皮肉なことに)第一次安倍政権下の自民党を相手に大勝している。一方で今回の選挙はどうか。先の記事で述べた通り、一人区での野党共闘がほぼ完璧な成果を見せたことで、自民党としては一人区を中心に現職議員が多数落選するなど《勝ち切った》選挙とはならなかった(このことは自民党の山本一太代議士が回顧する通り)。このことは明らかに自民党の敵失による大勝を象徴する出来事であり、裏を返せば「野党4党」、特に民進党の落ち度であることは、やはり改めて指摘しなければならない。たしかに民進党にとっては試練の時期であるが、自民党に漁夫の利を得させるほど比例区で勝てていないという事実は謙虚に受け止めなければならない。

 

そもそも、である。

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改憲4党」と「野党4党」の票数を積み上げた今回の比例区獲得票数である。「改憲4党」に対し、「野党4党」はあまりに票を得ることができていない。野党共闘という選挙になんとか勝てる戦略はあっても、これでは有権者から支持を得て政権選択選挙たる衆院選で与党ないし「改憲4党」を下すだけの力には遠く及ばない。「改憲4党」が比例区で得た得票数は総得票数の6割を優に超えるが、世論調査の結果をさまざまなファクターを排除してそのまま見たとしても、国会で改憲の議論を進めることに賛成する有権者せいぜい5割程度である。すなわち、共産党参院選の総括で指摘した通り「野党4党」の力量は「いまの情勢が求めるものに追いついていない、そこには大きなギャップがある」のであって、このギャップを埋めるだけの信頼や戦略が欠けていることは、残念ながら事実なのである。そのことを謙虚に受け止める姿勢だけは持ち合わせないと、いつまでも現状は打破できない、これだけは「野党4党」関係者が共有すべき認識だと私は思う。

 

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【参院選】何が「3分の2」を許したか(その2/複数区)

地理 政治・選挙

前の記事はこちら 

 

さて、今回は複数区である。一人区とは打って変わって、複数区は「野党4党」という枠組みでは大変に厳しい結果となった。二人区こそすべて自民、民進が議席を分け合ったほか、社会党時代から伝統的に野党の強さが際立つ北海道(三人区)では民進党が2議席を占め、四人区の愛知と六人区の東京ではそれぞれ半分の2議席、3議席を野党が占めたが、それ以外の選挙区(埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡)では「改憲勢力4党」に「3分の2」を許すことになった。特に関西圏の野党4党の退潮は著しく、大阪・兵庫の2府県(それぞれ四人区、三人区)では全議席を「改憲4党」が占める結果となった。

 

複数区では市民団体レベルでこそ野党共闘が叫ばれたが、実際には野党4党のうち複数区に候補者を擁立した民進・共産・社民の各党間ではほとんど共闘の兆しが見られず、特に民進党においては競合する共産党に競り勝つための煽り文句さえ党内ないし支持者の間で飛び交ったのも事実である。ただ、複数区でも一人区と同じように野党共闘が進めば良かったのかと問われれば、必ずしもそうとは言い切れない。たしかに上述したような結果を招いた大阪・兵庫で仮に野党共闘が進めば、単純に票を足すと「野党統一候補」が最下位当選候補の得票を上回るため、「野党統一候補」が当選ラインに食い込めたことは事実である。しかし複数区は人口が多いからこそ複数区なのであり、その大票田に自前候補を立てないことは比例区の票を自ら大幅に削る自殺行為に繋がりかねない。選挙区で辛うじて「野党統一候補」として議席を確保しても、その分比例区で自党候補議席数を減らせば、それは本末転倒というものである。そういうわけで、大阪・兵庫の結果については割り切る必要があったと思われるし、その他の《与党2、野党1》を確保した三人区(埼玉・千葉・福岡)に関しても終盤情勢を鑑みれば順当な結果だと割り切るべきだろう。

 

問題は神奈川である。四人区である神奈川では野党4党から4氏が出馬し、うち3氏が主要候補となった。民進党現職の金子洋一氏、民進党元職で旧みんなの党→維新の党出身の「江田チルドレン」真山勇一氏、そして共産党新人の浅賀由香氏である。一方の「改憲4党」も4氏が出馬し、うち自公系の3氏が主要候補となった。自民党現職で比例区から鞍替えした三原じゅん子氏、公明党新人の三浦信祐氏、そして無所属・自民党推薦で旧みんなの党出身の中西健治氏である。このうち自公の2氏、すなわち三原氏と三浦氏は盤石であったため、実質的に残り2枠を金子氏、真山氏、浅賀氏、そして中西氏の4氏で争うこととなった。結論から言えば、真山氏と中西氏が当選し、さらに中西氏を自民党追加公認したため、「改憲4党」が「3分の2」を超える4分の3を占めることとなった。

 

少なくとも、野党4党が2議席を得る手立てはあったように思われる。民進党現職の金子氏は連合神奈川がお抱えで支援に回ったため当初は有利に戦いを進められるものと思われたし、共産党新人の浅賀氏も党の躍進ムードに上手く乗ることができれば自民党推薦の中西氏に競り勝てるだろうという見立てが強かった。その中西氏を《潰す》ために3月に船出を遂げた民進党で神奈川のボスとなった江田憲司氏の立てた奇策が「民進党2人擁立」である。江田氏は表向き「1人しか出さないということではとても政権交代が狙える政党とは言えない」ということで2人擁立に踏み切ったとされているが、実際のところみんなの党出身の同胞ながら袂を分かった中西氏を江田氏が潰したい一心で擁立した案山子候補が「中西氏から旧みんな票を奪える」真山氏、という経緯が真意のようである。そういうわけで、各党間ないし民進党の内部でも様々な思惑が行き交いこそしたものの、野党4党が2議席を得るための土壌は公示前までに整備されていたのである。

 

確かに7月4日の時事通信の終盤情勢は3位4位を「浅香・金子」の順で報じていた。この時点で中西氏の優位を報じる新聞は無かったし、せいぜい金子氏でなく真山氏が当選ラインに入っていた程度だった。それが7月8日の朝日新聞の終盤情勢になると「中西・真山、やや有利」に大転換したのだ。金子氏は有力6候補のうちで最下位。そして実際に、金子氏は6位で落選し、案山子候補だったはずの真山氏が3位で当選、江田氏がどうしても落としたかった中西氏も4位で当選することになった。何が起こったのか、市区町村名別の得票数を詳しく見ていこう。

 

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※各市区町村とも4候補のうち最も得票の多い者の票数に濃い着色をしている

真山・中西の両氏は「旧みんな票」や無党派の票を食い合う関係のため、いずれも都市部で強いことは分かるし、共産党の浅賀氏も同様の傾向だと理解できる。さらに中西氏は神奈川4区の浅尾慶一郎衆議院議員、神奈川15区の河野太郎衆議院議員からも支援を受けたため、平塚市鎌倉市といった当該の自治体で相応の得票があるのも当然だ。問題は金子氏である。連合神奈川の支援を受けているために4候補の中では比較的ムラなく得票できるはずの金子氏は、都市部の票が頼りの3候補に比べ普通に考えれば相対的に郡部で多くの得票が見込めるはずである。それが上図の通り、金子氏が4候補の中で最多得票を記録したのは僅か2市2町。金子氏が浸透しきれなかったというよりむしろ、自民党の推薦を受ける中西氏に郡部の票が食われたのだ。これが決定的な金子氏の敗因であり、裏を返せば中西氏の勝因だと考えられる。

 

そもそも金子氏が獲得した約45万票という票数は、3年前、民主党がドン底の時に執り行われた2013年の参院選民主党の現職である牧山弘恵氏が獲得した約46万票とほとんど変わりがない。それはすなわち、いずれもお抱えで戦った連合神奈川の実力がその程度であるという証左である。民主党、そしてその後継政党である民進党は少なからず連合の持っている票に頼って、連合の顔色を伺いながら選挙戦を展開してきた。3年前でこそ辛勝したものの、ついにお抱えで戦っても勝てない組織と化してしまったことは、民進党神奈川県連における連合への不信感に繋がりかねず、それは江田系という連合の票に頼らない「非主流派」の台頭を許すことになるだろう。神奈川民進党「主流派」の一人を落とした連合神奈川の責任は大きく、このことが民進党神奈川県連のパワーバランスにも影響し、県連組織の不安定化を招きかねない状況なのだ。

 

やや話がずれてしまったが、では「3分の2」を阻止するために民進党はどうすれば良かったか。私はそもそも「組織票と浮動票のすみ分け」という戦略が間違っていたのではないかと思う。組織自体を二分して、意外な結果がもたらされた事例はいくつかある。例えば大阪ではおおさか維新の会が組織を二つに分けて浅田均氏と高木佳保里氏の2人を支援する態勢を整えたことで、最初は圧倒的な知名度を誇る維新政調会長の浅田氏が大量得票をしてしまうため票割りは困難と考えられていたところ、実際には浅田氏約73万票、高木氏約67万票という綺麗な票割りができた。愛知では同じ民進党で、現職である斎藤嘉隆氏と新人の伊藤孝恵氏に連合愛知の票を綺麗に二分した結果、現職斎藤氏の大量得票、新人伊藤氏の苦戦という大方の予想を裏切って斎藤氏58万票に対し伊藤氏が52万票を獲得した。組織を二分することで浮動票も同じように二分しなければならなくなる。神奈川民進党も同じような戦略を取れば、結果として真山氏58万票に対して金子氏45万票という歪んだ票割れも生じなかっただろうし、何より浮動票を手放しても組織票で勝てるという緩みが陣営から無くなったに違いない。こうすることで民進党は、中西氏に票を奪われないことで氏の当選ライン到達を阻止し、真山・金子両氏の2人当選を決められたかもしれないし、少なくとも両氏のいずれかと共産党の浅賀氏を通すことはできたはずである。「民進党は最初から候補を絞っておくべきだった」という意見も散見されるが、神奈川に関してはむしろ組織を二分できたか否かで十分結果は変わってきたように思われる。

 

さて、ここまで一人区と複数区、両方について「何が『3分の2』を許したのか」を考察してきた。一人区はほぼ完璧な勝利だった一方、複数区では何としても落とせない神奈川を落としてしまった。ただここまでのifを積み上げても、神奈川の1議席、愛媛を含めても2議席しかひっくり返らない。次回は比例区について考察するが、どうやら「3分の2」の大元凶はここにあるようだ。

 

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【参院選】何が「3分の2」を許したか(その1/一人区)

地理 政治・選挙

参院選が終わった。既に多くの報道で見られる通り、結果は与野党とも釈然としないものとなった。野党4党にとっては自民・公明・維新・こころの「改憲勢力4党」による「3分の2」(162議席)こそギリギリで阻止(161議席)したものの、無所属の自民党会派議員やその他の改憲に前向きな無所属議員を「改憲勢力」に含めれば容易に「3分の2」を許す構図を作ってしまった。一方、与党は勝利を決めたとは言え自民党による単独過半数(改選57議席)には1議席及ばない56議席であったし、東北や北信越の一人区を中心に「競り負け」が目立ち、現職議員が多数落選の憂き目に遭った。唯一《一人勝ち》の様相を見せたのが生活の党で、存亡の危機とも思われた絶望的な情勢報道とは裏腹に岩手・新潟の一人区で生活系無所属2名が当選したほか、比例区でも滑り込みで1議席を獲得したことにより実質の全員当選を果たし、会派レベルでは公示前を1議席上回る結果となった。それはそうと、いずれにせよ、大局的な見地からすれば誰からも喜べない結果となったことは事実である。特に野党4党にとって重要な目標であった「3分の2阻止」が容易に破られる構図となったことは今後の国会運営に多大な影響を及ぼすし、各党執行部にとっては責任問題に繋がりかねない。そこで今回は3回に渡って「何が『3分の2』を許したか」と題し、「3分の2」の分かれ目となった選挙区について、一人区、複数区、比例区の3つの観点から検討していく。

 

初回は一人区についてである。結論から述べれば、一人区については野党4党はほぼ完璧な勝利を演じることができた。32ある一人区で「11勝21敗」という数字は、共同通信が終盤情勢で報じた《野党4党先行の3選挙区と接線の8選挙区》のうち10選挙区を野党4党が制し、さらに与党優位が報じられたうちの1選挙区をも奪還した計算になる(選挙区の詳細はこちら)。そもそも、2013年の参院選と同じ得票数を今回野党4党が獲得していたとしたところで、一人区で取れた議席は9議席ハフポストの試算)に留まったことを考えると、各紙が報じたような「共闘の効果は限定的」という見方は誤っていると断じざるを得ない。だから駒崎の言うような「野党共闘というのが完全なる誤りであった」といった類の言説は、少なくとも一人区を見る限り、現実の票の動きを無視した短絡的な発想であると言わざるを得ない。

 

このような一人区についての総括を踏まえた上で、あえて個別の選挙区にフォーカスを当てるとすればただ一点、愛媛で野党統一候補が勝てなかったことが悔やまれる。愛媛は上述の共同通信が報じた《野党4党先行の3選挙区と接線の8選挙区》で唯一自民党候補の勝利を許した選挙区であり、保守王国・愛媛で勝利すれば大変なファインプレーだという期待も大きかっただけに、取りこぼしには無念さもひとしおといった所である。なぜ野党4党は愛媛で勝てなかったのか、与党優位からの逆転勝利を決めた青森と、僅か1090票差で野党統一候補が切り抜けた大分との比較から考察したい。

 

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上の図は愛媛における双方の候補の勝敗と得票率を自治体別に表したものである。なお青森・大分ともすべて赤系=自民党候補勝利、青系=野党統一候補勝利、で統一している。愛媛で野党統一候補となった無所属の永江孝子氏はもと南海放送のアナウンサーで、全県的な知名度を誇る候補である。政権交代選挙においては自民党の重鎮で現在は厚生労働大臣を務める塩崎恭久松山市のほぼ全域を範囲とする愛媛1区で民主党公認候補として争い、約2800票差まで迫って比例復活を遂げたが、その後2回の総選挙では比例復活もできず落選し、一度は政界引退を表明している。一方、自民党の現職である山本順三氏は県内第二の都市・今治市を地盤とする元県議会議員で、2004年から連続当選を果たしている。このような経緯から山本氏は地元の今治で得票率57%に迫る大勝を決めた一方、永江氏は地盤である松山で50.3%の得票率に留まったため、基本的に郡部で自民党が強いことを鑑みれば、永江氏の落選は自然な流れとも言える。松山でもう少し得票を伸ばしていれば、結果は変わったことだろう。

 

対照的なのが青森である。

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青森では民進党公認の田名部匡代氏が野党統一候補に担がれた。田名部氏は農林水産大臣も務めた田名部匡省氏の次女で、政権交代選挙においては父が地盤としていた八戸市を中心とする青森3区で現在は衆議院議長を務める自民党大島理森と争い、367票差まで迫って比例復活を遂げたが、その後は永江氏と同様に2回の総選挙とも比例復活もできず落選している。一方の自民党現職である山崎力氏は青森市出身で、既に参議院議員を3期務めている。このような経緯から郡部でこそ山崎氏が圧倒的な強さを見せたが、田名部氏は父の時代からの地盤である八戸で6割を超える得票率で勝利したほか、青森・弘前の大票田でも競り勝ったことで結果として8052票差で逆転勝利を決めた。地元・地盤で大勝できるか否かという点は、勝敗の大きなキーポイントとなっているように思われる。

 

さらに大分を見てみよう。

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大分の野党統一候補大分市出身で民進党現職の足立信也氏で、2004年から連続当選を果たしている。一方の自民党候補国東市出身で別府大学で非常勤講師も務める弁護士の古庄玄知(こしょう・はるとも)氏であった。自民党の強い九州にあって大分は特殊な地で、本土で唯一の社民党衆議院議員(吉川元氏)が比例復活ながらも大分3区から選出されているなど社民党が一定の強さを見せるほか、大分市を範囲とする大分1区は民進党現職の吉良州司氏が選出され、大分市長の椅子は昨年までの40年に渡って野党系が占めるなど、伝統的に野党の強さが際立つ県でもある。その証拠に大分では古庄氏の出身である国東半島を除けば古庄氏が郡部で圧倒的といえるほどの強さを見せておらず、足立氏が現職の強みを活かして郡部にも一定の浸透を見せたことが分かる。最終的には人口の4割を占める大分市で前大分市長の釘宮氏の後援会が活発に動き、大分市を51.2%という得票率で制したことが最終的に1090票差という僅差での勝利に繋がった。大敗する地域を最小限に留められるかという点も、勝敗の鍵を握っているものと思われる。

 

ここまで3県の比較からなぜ野党4党は愛媛で勝てなかったのかを考察してきた。愛媛で勝利を決めるためには

  • 地盤である松山市で大勝を決めること
  • 地盤でない地域で大敗を最小限に留めること

のいずれかが必要だったように思われるが、後者は県内第二の都市である今治市が山本氏の地元である以上、大敗は確定的な結果であった。私の試算では、仮に松山市で結果より2ポイント得票を上積みして52.2%の得票率を出せば、その瞬間に永江氏勝利が決まったことになる。過去にifは禁じ手でこそあれ、それだけの接戦だったということだ。

 

いずれにせよ、一人区は野党4党がほぼ完璧な勝利を決めることができたことに変わりはない。言い方を変えれば一人区での1つ2つの取りこぼしは「想定内」であったから、愛媛で勝ったか負けたかは、言葉は悪いが大局的な見地からすれば大した問題ではないのである。それではどこで「3分の2」を許すような差が付いたのか、次回は複数区について考察していく。

 

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【愛知・参院選】まだ迷ってる人、「伊藤たかえ」を知ってください。

政治・選挙

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7月5日に参院選愛知県選挙区より立候補されている「伊藤たかえ」さん陣営と対談してきました。投開票日が明日となりましたが対談の要旨を掲載します。

**********

・文中の呼称について(敬称略)

るた:当ブログ管理人(司会)

姉 :伊藤たかえさんのお姉さん(小林俊恵さん)

事務:伊藤たかえさん後援会援会事務局さん(濱田良子さん)

吉田:吉田つねひこ 民進党愛知県第1区総支部長

秘書:吉田つねひこさん秘書(平野優さん)

国政:国政直記 愛知県議候補予定者

一般:その他一般参加のみなさん

なお、私からの質問はTwitterハッシュタグ #伊藤たかえに質問 でいただいたものを参考にしています。

**********

るた「まず伊藤たかえさんのお人柄について質問したいなと思います。伊藤たかえさんは民進党の公募に応じて候補者となられましたが、民進党にどのような魅力を感じて公募されたのでしょうか」

姉 「本人が子育てや介護、次女の耳の障害に思い悩んでいたことを鑑みると、弱者に寄り添う民進党を選ぶことに迷いは無かったのではないかなと思います」

吉田「弱者を守る社会、弱い者を守るのが政治というのが伊藤たかえさんの考え方。だから人への投資を重視する民進党を選ばれたんだと思います」

 

るた「伊藤たかえさんが市民連合との協定書の締結に至らなかった理由は何でしょうか」

吉田「民進党は愛知県に2人の候補を擁立しているため、関係する団体や応援していただく層のすみ分けを考えた結果、政治的な判断として締結に至らなかったということです。政策が完全に合致しなかったわけではありません」

※市民連合:安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合。一人区の野党共闘などを主導。

 

るた「ずばり、原発政策についてはどうお考えですか」

吉田「民進党は党の綱領として『原発に頼らない社会』を掲げています。個人として進め方や時期に微妙な違いがあるとはいえ、党是として脱原発を進めていくという理念は伊藤たかえさんも共有するところです」

一般「政府が再稼働をしようとしている川内原発についてはどうお考えですか」

吉田「党として再稼働を容認する立場にはありません」

 

るた「伊藤たかえさんの好きな食べものは何ですか」

(初っ端から真面目な質問が続いていたため会場に笑い)

姉 「肉食です!肉か魚かで言えば肉、甘い辛いで言えば、両方」

吉田「肉うどんが好きみたいですよ」

姉 「うちのカレーには肉ではなくシーチキンが入ってて、クリームシチューには鶏肉ではなくちくわが入ってました」

吉田「庶民派~」

姉 「だから肉が好きなんでしょうね」

※ちなみに伊藤たかえさんは身長173cm、これもおふくろの味の効果か

 

るた「伊藤たかえさん自身が子育てや介護で忙しい中、国会へ行っても両立はできるのでしょうか」

姉 「旦那さんが大変協力的な人で、制度の利活用を積極的にやろうとしています。さらに家族だけでなく地域を巻き込んで両立をチャレンジしようとしています。お互いに支えていく社会を本人は目指しているのです」

姉 「旦那さんは育休を1ヶ月取ったんですよ」

一般「すばらしい、取るのに勇気いったでしょうね」

 

るた「伊藤たかえさんが最初の就職先にマスコミを選んだのはなぜでしょうか」

姉 「テレビが大好きだからです、もうテレビっ子で、私たち」

(会場に笑い)

 

るた「伊藤たかえさんのHPに『男性の働き方の多様性を追求します』ということが書いてありますが、具体的にはどのような政策でしょうか」

全員「政策というより、当事者としての悩みを伝える伊藤たかえさんが議員となることに意義があると考えられますね。男性の育休など、既存の制度を積極的に活用するために議員として環境づくりを進めていくのが伊藤たかえさんの役割」

るた「中小企業の育休取得率を上げることは難しそうですが」

全員「企業の生産性を上げて職場にゆとりを持てるような環境づくりに務める『働き方革命』が必要だと考えます。中小企業においては、社会保険料の事業主負担分を一定程度助成することで正規雇用の割合を増やし、育休を取りやすい環境整備を推進していきます」

 

るた「夫婦別姓についてどう思いますか」

秘書「選択的夫婦別姓として、選択肢も作れるように民進党として推進しています」

るた「民進党は多様性を尊重していますからね」

民進党「国民との約束」には「選択すれば夫婦が違う姓を持てるようにします」と明記

 

るた「民進党は返済不要の給付型奨学金の創設を謳っていますが、その財源はどうするのですか」

国政「現政権は消費増税を延期した見返りに社会保障や教育予算の拡充を後回しにしようとしています。民進党はチルドレン・ファーストの精神で、給付型奨学金を創設し、無利子奨学金を拡充するため、教育予算自体の率を上げていくという意味においても、赤字国債を発行してでも財源を確保するつもりです」

るた「将来的には大企業、富裕層にも公正で応分の税負担(金融所得課税の税率を5%引き上げるなど)を求めることで財源は確保する必要がありますね」

 

一般「伊藤たかえさんは奨学金は使いましたか」

姉 「使いませんでした。親の意地でしょうね。奨学金を使うと社会人を負債から始めることになる。夫婦共働きでも奨学金を使わないという意思が両親にはありました」

 

一般「伊藤たかえさんのマスコットになぜウサギ『たーたん』を使ったのですか」

一般「うさぎ年ですからね」

事務「地盤・看板・カバンの無い伊藤たかえさん。次女の耳の障害がきっかけで選挙に出たわけだから、大きい耳というつながりでいろんな立場の人の小さな声も聞きのがなさいという意味で、マスコットにウサギを使いました」

 

るた「伊藤たかえさんのお人柄や民進党の政策がよく分かる対談となりました。本日はありがとうございました」

**********

「庶民感覚を大事にする」なんて言葉はよく聞きますが、ここまで親しみの持って接することのできる候補者というのはなかなかいないと思います。この普通の感覚を国会へ持って行ってもらいたい、僕は切にそう願います。

 

「もっと自由でいいはずだ!」は伊藤たかえさんの掲げるキャッチフレーズですが、その言葉には大変な重みを感じるものです。子育てと介護の両立という厳しい現状、次女の耳の障害。彼女自身と同じようにハンディキャップを抱える人が真に解放される自由な社会は、当事者としての悩みを分かっている伊藤たかえさんを国会へ送り込んで初めて実現できるものです。

 

投開票日は7月10日です。未だに愛知県選挙区は厳しい情勢が報じられています。党派を超えて応援してほしい、迷ったら投票用紙の一枚目は「伊藤たかえ」で、愛知県のみなさんの力で押し上げてください、よろしくお願いします!

 

オススメ本(マジで買ってくれると嬉しいです)

 

 

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